日記

2026年2月19日:完璧を求める重圧と、寛容さへの願い

内示通知作成

​4月の人事異動に向けた、内示通知の作成にここ数日注力している。2月末の内示日に向け、今週中には所属長へ展開したいところだ。

1,000人規模の組織の異動となると、この内示通知の作成に神経をかなり使う。名前、部署、役職、併任発令などなど。地味かつ集中力を要する作業だ。

​正直に言えば、こうした細かい作業は昔から苦手だ。しかし、これを受け取る社員の驚きや期待、送り出す上司の複雑な心境を思うと、単なる事務作業とは割り切れない。「伝える側」と「伝えられる側」、双方の人生が動く瞬間だからこそ、せめて分かりやすく、誠実な構成でありたいと昼休みもキーボードをたたく。

​「間違い」に厳しすぎる時代

​そんな中、部下の係長からメール誤送付の報告があった。

新規採用者の履歴書を確認し、電話で念押しまでしたアドレス。それでも少しの齟齬で、情報は迷子になった。

​大企業という看板を背負っている以上、情報の取り扱いに厳しいのは当然だ。個人情報の流出は重い。今回もルールに則り、真摯に謝罪し、再発防止を誓うことになる。

だが、心のどこかで思ってしまう。今の日本は、少し「間違い」に対して厳しすぎるのではないか。

​願わくば、もう少し穏やかな空気を

​メールの誤送付をゼロにするのは、人間が介在する以上、至難の業だ。

ミスが起きるたびに、針のむしろに座らされ、人格まで否定されるような反省を求められる。そんな張り詰めた空気の中で、みんなが萎縮して生きている。

​もう少しだけ、世の中全体が平均的に穏やかになれないだろうか。

「人間だもの、こういうこともあるよね」

そんな風に、失敗を許容し、流せる空気感が強くなれば。

きっともっと柔軟で、過ごしやすい国になるはずだ。

​「間違いを許さない」厳格さよりも、「間違いをカバーし合える」優しさ。

そんな組織のあり方を、人事という立場から模索し続けたい。