先日、映画「福田村事件」を見てきました。
100年前の関東大震災の5日後、千葉県で朝鮮人と疑われた行商団の9人が村人に殺された惨事を描いた映画です。
この記事では、子育て世代の僕が、映画「福田村事件」の感想(映画批評)を紹介します。
一番伝えたいことは「次の(子ども達の)世代に、二度と同じ過ちを繰り返してほしくない」という想いです。
※ネタバレには注意して記事を書いたつもりですが、多少、映画内容にもふれますので、フレッシュな状態で鑑賞したい方はご注意願います。
加害者側の物語
映画「福田村事件」は、加害者側の視点から物語が描かれます。
映画に出てくる登場人物は、皆ごくごく普通の人々。
気弱だったり、異性にだらしなかったり。
そんな普通の人々が、その時の精神状態やちょっとしたきっかけで、人を殺してしまう。
森達也監督がとあるインタビューで「普通の人より気弱な人が死刑囚だったりする。その感覚が日本人には足りない」とおっしゃっていましたが、加害者視点で描かれることで、とても上手に表現されていた、と感じました。
役者さんの演技にも注目
映画中、ごくごく普通の人々を演じる役者さん。いや〜、よかった…。
東出 昌大さんと松浦祐也さんの演技が人間くさく、思わず引き込まれてしまいました。
このあたりも映画を見る際の参考にしてみてください。
なんとか止められなかったのか。
ごくごく普通の人々が、日々忙しく生活を過ごせば、そりゃ関係者とのトラブルはしょっちゅう起こるもの。みなさまの周りもそうでしょう?(僕もそうです)
そのトラブルが、ただのトラブルで終わるか、歴史に残る事件に発展してしまうのか。
その分かれ目って、実はほんのちょっとした部分。
映画中、事件となる一歩手前の段階で、なんとか止めようとする人々もあらわれます。
しかし、いざ助けようと思っても、それまでの振る舞いとか、印象が悪いせいで、説得力がなく意見が通らない。
そういうことって現代でもありますよね、日々の正しい行動がいざって時の説得力につながる。我々も気をつけないと。
事件直前の緊迫の駆け引き。描き方も秀逸で、見どころの一つです。
現代は情報化社会。
流言を信じたここまで凄惨な事件は起こらないとは思いますが、コロナ禍でも、確証のないデマが拡散されたりしました。
不安定な情勢では、そういったことが起こり得ることを体験しており、似たようなことが起きかねないのでは、と危惧します。少し不安を覚えます。
政府はまだ謝っていない。
1923年の関東大震災では、流言を信じた市民や軍、警察によって朝鮮の人たちなどがたくさん虐殺されました。
この歴史的事実について政府は「記録が見当たらない」と言っています。
「えっ、見当たらないの?」
「こんな素晴らしい映画が上映されているのに?」
この国への違和感。感じませんか?
過去の(明らかな)過ちがあるなら、ちゃんと認めてしっかり謝らないと。
人として当たり前の話ですよね。
これが国の立場になるとできない、っていうのは、やっぱり何か間違っているなと感じます。
子育て世代の我々の一番の願い。
それは、
「次の世代、二度と同じ過ちを繰り返してほしくない」
ということだと思ってます。
今後も、不都合な史実に目を背け続けることで、子どもたちの未来でも、再び同じ過ちを繰り返してしまうことを危惧しています。
森監督の他の作品も楽しみたい!
森達也監督は、日本を代表するドキュメンタリーが得意な監督。
この映画では、一人一人の日常や心情などが繊細に、人間くさく描かれ、それが伏線となり、後の惨事に展開していく。
まるで、事件を綿密に取材した映画のように。さすがはドキュメンタリーの巨匠がつくった映画だな、と深く関心し、森監督の他の映画もたくさん鑑賞したいな、と思っているところです。
https://eiga.com/person/73723/
さいごに
いかがでしたでしょうか。
この記事では、子育て世代の僕が、映画「福田村事件」の感想(映画批評)を紹介しました。
少しでも参考になったならうれしいです。